宮沢賢治『銀河鉄道の夜』~再読してさらに、そのやさしさと美しさに感動
こんにちわ。
コロンボです。
『銀河鉄道の夜』というと、みなさんよく知っていると思いますが、宮沢賢治の小説ですよね。
初めて読んだのは、高校時代だったかと思います。
そのころも、とてもきれいな物語だな、と感じながら読んだのを覚えていますが、つい最近になって、ひょんなことから再読してみようと思ったんです。
アニメ映画『銀河鉄道の夜』
銀河鉄道の夜を本で読んだのは高校時代でしたが、その前に一度アニメ映画でぼくはその作品に触れていました。
主人公のジョバンニやカムパネルラなど、登場人物が猫になっていて、でもそのことにまるで違和感がないほど、ブルーを基調とした美しいアニメ映像になっていて、すごく印象に残る映画でした。
今でも、この物語のことを考えると、自然とこの映画の映像を同時に思い浮かべてしまっています。
それくらい、心に残って、そして作品のイメージを損なわない素晴らしい作品だったのだと思います。
『銀河鉄道の夜』再読
概要
この物語は、1924年頃から1931年頃までに宮沢賢治によって書かれました。と言っても、その当時は実際に出版されはしなかったそうで、現在残っているものも、未定稿として残っているだけのようです。
その後、未定稿のまま出版されたので、本の中にも空白の部分が残されています。
感想など
この物語を、すっかり大人になったぼくが再読したんですけども、やはり新たな、新鮮な感動をもって読むことができました。
本の長さでいうと、80ページほどの短いお話ではありますが、その中にはとても美しい「心」が詰まっているように感じました。
これは、高校時代には感じ得なかった気持ちかもしれません。
物語の中で、もっともよくて印象に残ったのが、さそりの火のエピソードと、太平洋で懸命に働いている人のエピソード、それからカムパネルラの強くて優しい心です。
さそりは、多くの命を奪い、ある時イタチに自分の命を奪われそうになった時に、懸命に逃げた後、どうして自分はあの時イタチに自分の命を捧げなかったのだろう、と悔いるのです。そして、自らの体にまっかな火をともし、みんなの幸いを祈るようになったのです。
また、タイタニック号の沈没を思わせるエピソードの中で、
その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍りつく潮水や、激しい寒さとたたかって、だれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒で、そしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。
と、懸命に救助を行う人々について語られます。
ああ、なんとやさしい物語なんだ(´ー`)
それから最後、カムパネルラは、いじめっ子のザネリを助けるために川へ飛び込んで
命を落とすというのです。
銀河鉄道の夜は、「自己犠牲」、「人のために」、などの美しさと強さをとても美しい文章で(心に染み入るように読める文章です)描いた、世界に誇ることのできるすばらしい物語なのではないでしょうか。
まるで、「雨ニモマケズ」のような、宮沢賢治そのものといった物語ではないか、と思います。
そして、これが書かれた1930年頃からまったく色褪せない、それどころか読むたびに発見がある、そんな物語です。
しかもその時代にこのようなファンタジーが書かれたということも驚きですし、かつ今でも読みながらその情景が色鮮やかに脳裏に浮かんでくるんです。
今回、高校時代以来の再読ということになりましたが、やはり素晴らしい発見があったかと思います。この作品は、読み返すたびに、また読む時の自分の年代によって、それぞれ新しい発見と感動を与えてくれる、そんな作品ではないでしょうか。
やはり世界に誇れる名作だと思いますね~(^^)
また何年か後にも読み返してみたいと思います。
では~☕